<今泉のグラジオラス生産

グラジオラス栽培のおこり

 土浦市今泉地区では昭和32年ころより新治村下坂田の宍賀正光氏(坂田園芸)より球根を導入し、大関正則氏、久家洋之助氏、小林実(私の父:旧姓高木)が輸出用球根栽培を始めた。そこには、私の父が新治村下坂田の生まれで宍賀正光氏を知っていて、結婚して今泉にきたこともある。
 球根栽培は秋に球根が充実するまで畑で育てて、堀上後は葉と茎がついたまま竹棒などにつるして乾燥を行う。その後球根とその周りにつく「木子(きご)」に分けて、球根は選別機にかけて大きさ別に分ける。大きさは1等級、2等級、3等級、4等級、5等級、木子に分かれる。木子は来年の球根生産に種として使う。5等級も親種として使うと大きな2等級位の球根が生産できる。

 5,6年の後球根生産から切り花生産へとだんだんにシフトしていった。最初は自分のところでとれた球根を使って切り花をしていたが、作付け面積が増えると両方というわけにはいかないので球根を毎年購入し、トンネルの促成栽培から東京盆、地方盆、抑制栽培と4月末から10月末までできるような栽培がされていった。最初は出荷するときは東京の両国市場等へは真鍋町の福田屋(魚屋)さんが築地へ魚を仕入れにいくのでその時に持っていってもらうようにしていた。それ以外は小松町の栗原運送へもお願いした。その後、東京の荷受け所へは田沢さんという人がやはり築地へいく時に今泉花組合の花を運んでもらうようにした。しかし、田沢さんは家庭の事情でやめてよそへ行かなくてはならなくなったので、その後を現在の中田運送のおやじさんが引き継いだのである。

 今泉でグラジオ生産が盛んになった昭和40年代ころは集荷所もなくて、豊崎光生さんのところの家の長屋門の前が広場のように空いていたのでそこを借りて集荷してトラックに積み込んだりしていた。私たちが子供のころはそこで野球をやったり塀に登って遊んでいたりしたところである。その後今泉公民館が霞寛之助さんの裏にできたので、その前をを集荷所として使っていた。今泉花卉園芸組合はますます盛んとなり、今泉、吹上、粟野、小山崎へと生産者が増えていった。集荷する場所も手狭となってきたので、今泉と粟野の境にある香取神社の入り口付近を借りて大規模な集荷所を建設した。それは生産者からの出資金と借入金、集荷したものから1c/sいくらと言うような手数料をとることとし、建設および維持管理資金としていくこととなった。そのころは、今泉地区では、花卉の他れんこん等も盛んになってきていたので野菜、花の総合的な集荷所となっていった。グラジオラス球根の購入は友部にある第一園芸(本社は東京)からの購入が最大となる。個人的に県内のグラジオラス球根産地へ買いに行っていた人もあるがやはり大量に購入するには大手種苗会社が一番である。第一園芸以 外では、「(株)ミヨシ」などがある。第一園芸とは、いつ頃からかははっきりしないが、土浦市農協時代から、農協が今泉のグラジオラス球根を第一園芸から購入するに当たり間に入って代金の決済をするようになる。また、今泉の花卉園芸組合役員は球根引き取り(毎年一月下旬頃大型トラックで何台分か)に出向いて、第一園芸職員とともに車に積み込んできて、今泉集荷所において組合員に分配するということを現在まで続けてきた。

グラジオラスの連作障害

 グラジオラスは、どうしても連作障害が付きまといそれの回避に借地をしてかなり遠くまで作付けをするようになっていった。今泉自体ではグラジオラスのあとは「柳」などの枝物が次第に取りいれられていくようになった。これは、前出の大関正則氏がコーリ柳を始めたのが起こりである。その後小林実、榊原良太氏そして大関操氏の3人が埼玉の赤山の赤間さんのところで、セッカヤナギ、赤目柳を購入してきて始めた。それぞれが後の大産地となる元になったわけである。
柳類には、コーリヤナギ、ウンリュウヤナギ、セッカヤナギ、アカメヤナギ、ドラゴンヤナギ等がある。

 昭和50年半ば以降、以上のような露地作物からパイプハウスを建てて球根切り花を取り入れる人がでてきて、フリージア、チューリップ、スカシユリ等が栽培されるようになってきた。

 また、グラジオラスは隣接の粟野地区、小山崎地区に拡大していき今泉は作付けが減少し徐々に施設園芸になっていった。
最近では粟野では、湯原浩司氏、萩島宣司氏、栗山正夫氏などがおり、小山崎では萩島豊氏、須藤誠氏、今泉では久家源一氏などが大規模ななグラジオラス生産者である。グラジオラスの銘柄産地化とともに京浜地区への出荷だけでなく今では北海道、大阪市場にも出荷されている。

 現在平成29年10月19日には、日本花卉園芸協会会長の久家源一さんの圃場に、秋篠宮殿下が訪れ見学された。その後自宅に寄りお茶をいただいて帰られた。まことに光栄な出来事であった。
 続いて11月14日には、JA土浦花卉部今泉花卉園芸組合の小山崎の萩島一郎氏(萩島豊氏の長男)が年間出荷本数200万本で全国でもトップクラスのグラジオラス生産者として、日本農業新聞でも紹介された。
                                                                                                                                      (文:JA土浦パソコン研究会 会長 小林 芳行 Imaizumi Tsuchiura-city) 
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